愛媛県は2026年3月27日、県内でアメリカ軍のものとみられる航空機の低空飛行に関する目撃情報が依然として相次いでいる状況を踏まえ、国に対して県民が不安を抱くような飛行を速やかに中止するようアメリカ軍に申し入れることなどを改めて要請したと発表しました。今回の要請は中村時広知事名で3月24日付にて小泉進次郎防衛大臣および茂木敏充外務大臣宛てに提出されたもので、知事名による同種の要請としては2019年度以降7回目となります。

要請の背景──急増から常態化へ、終わらない低空飛行

愛媛県では、1994年(平成6年)10月に高知県で発生した米軍機墜落事故を契機として、県内の全市町と協力しながら米軍機と思われる航空機の低空飛行等に関する目撃情報を広く収集する体制を構築してきました。収集された情報は県が取りまとめた上で速やかに外務省北米局日米地位協定室および防衛省中国四国防衛局へ提供し、米軍側への確認を依頼する仕組みとなっています。

目撃情報の件数は、長年にわたり年間数件から10件前後で推移していましたが、2019年度(令和元年度)の秋以降に状況が一変しました。同年度には95件が報告され、続く2020年度(令和2年度)には346件と爆発的に増加。以降も2021年度240件、2022年度69件、2023年度79件、2024年度77件と高止まりの状態が続いています。2025年度(令和7年度)は3月17日時点で50件が報告されており、年度末にかけてさらに増加する可能性が指摘されています。

年度 目撃情報件数 備考
平成30年度(2018) 3件 従来水準
令和元年度(2019) 95件 急増の転換点
令和2年度(2020) 346件 過去最多
令和3年度(2021) 240件 高水準継続
令和4年度(2022) 69件
令和5年度(2023) 79件
令和6年度(2024) 77件
令和7年度(2025) 50件 3月17日時点

こうした数字が示すように、かつては散発的だった目撃報告が2019年度を境に構造的に変化し、もはや「常態化」とも言える深刻な状況に至っています。特に愛媛県南予地域を中心として、四国を横断するいわゆる「オレンジルート」沿いの地域で集中的に目撃が報告されています。

要請書の具体的内容──4項目を「改めて強く要請」

今回、中村時広知事名で防衛大臣および外務大臣に提出された要請書では、冒頭で1999年(平成11年)の日米合同委員会合意に言及し、米軍の低空飛行訓練の安全性を最大限確保するとともに日本国内の住民に与える影響を最小限にすることが求められている点を確認しています。その上で、過去6年間にわたって繰り返し要請を行ってきたにもかかわらず、依然として県内で継続的かつ頻繁な低空飛行が常態化している状況を「誠に遺憾」と述べ、県民の安全・安心を確保する観点から次の4項目を「改めて強く要請」しました。

愛媛県から国への要請事項(令和8年3月24日付)

  1. 飛行の速やかな中止の申し入れ──県民が不安を抱くような飛行を速やかに中止するよう、米軍に申し入れること。
  2. 事前情報提供の実施──米軍機による低空飛行訓練等について、訓練ルートや訓練実施時期に関する速やかな事前情報提供を行うこと。
  3. 日米合意事項の遵守徹底──低空飛行の禁止や原子力発電所周辺・人口密集地域等の上空の飛行回避など、日米合意事項の遵守を徹底すること。
  4. 原発上空の飛行禁止の法制化──原子力発電施設周辺上空の飛行禁止について、法制化を図ること。

とりわけ注目すべきは第4項目の「原発上空飛行禁止の法制化」です。愛媛県には四国電力の伊方原子力発電所が立地しており、万が一にも軍用機が原発近辺で事故を起こした場合、取り返しのつかない大惨事に発展しかねません。要請書では「爆音による被害のみならず、万一、墜落した場合には、県民を巻き込む大惨事につながりかねない」と、そのリスクを明確に指摘しています。この項目は過去の要請書でも一貫して盛り込まれてきたものであり、愛媛県が原発の安全対策上の観点からいかに深刻に受け止めているかがうかがえます。

「オレンジルート」とは何か──四国を貫く低空飛行訓練経路

「オレンジルート」とは、在日米軍が低空飛行訓練に使用しているとされる経路のひとつで、四国山地を縦断する形で愛媛県から高知県、徳島県を経て紀伊半島方面へ至るルートを指します。このルートは、山間部の谷間を縫うように設定されており、レーダーや対空ミサイルによる防空システムを回避する実戦的な訓練に適した地形とされています。

しかしながら、このルート沿いには多くの住民が生活する集落が点在しており、戦闘機やその他の軍用機が突如として低空で飛来することで、轟音による精神的・身体的被害、家屋への振動被害、家畜や農作物への影響など、地域住民の生活環境に深刻な支障をきたしています。1994年には高知県の早明浦ダムの湖面に低空飛行訓練中の米軍機が墜落する事故が実際に発生しており、住民にとっては生命に直結する問題です。

日米合意の枠組みと現実のギャップ

米軍の低空飛行訓練については、1999年(平成11年)1月14日の日米合同委員会において、在日米軍による低空飛行訓練に関する別紙が取りまとめられています。この合意では、安全性の最大限の確保を図ること、住民への影響を最小限にすること、国際民間航空機関(ICAO)や日本の航空法に規定される最低高度基準を用いること、人口密集地域の安全にかかわる施設(学校・病院等)に適切な考慮を払うこと、などが明記されています。

ところが、現実にはこの合意が十分に遵守されているとは言い難い状況が続いています。愛媛県が収集してきた目撃情報には、「住宅のすぐ上を通過した」「窓ガラスが振動するほどの轟音だった」「子どもが怖がって泣き出した」といった切実な声が数多く含まれています。人口密集地域を避けるとされる合意内容と、住民が日常的に体験している現実との間には、大きなギャップが存在しているのです。

さらに、在日米軍の航空機は日米地位協定に基づく航空特例法により、日本の航空法の多くの規定が適用除外となっています。つまり、日本の民間機や自衛隊機であれば違法となるような低空飛行であっても、米軍機に対しては国内法上の規制が及ばないという構造的な問題があります。愛媛県をはじめとする自治体が繰り返し「法制化」を求めているのは、まさにこの法的空白を埋めるためにほかなりません。

繰り返される要請──過去6年間の経緯

愛媛県が知事名で低空飛行中止等の要請書を国に提出するのは、今回で7回目です。2019年度の目撃情報急増を受けて以降、2020年2月に初の知事名要請を行い、その後も毎年度にわたって定期的に要請を重ねてきました。加えて、副知事から中国四国防衛局長への直接の口頭要請も複数回実施されています。

このように県は粘り強く国への働きかけを続けていますが、目撃情報が劇的に減少する兆候は見られず、国からの具体的かつ実効的な回答も十分とは言えない状況です。県が外務省および防衛省に目撃情報を提供して米軍側への確認を依頼しても、米軍から「訓練の詳細は運用上の理由から回答できない」といった形で具体的な説明がなされないケースが多いとされています。

広島県でも同日に要請活動

愛媛県の動きと同時期に、広島県でも米軍機の低空飛行問題をめぐる動きがありました。廿日市市、江田島市、三次市、北広島町、安芸太田町の5市町で構成する「米軍機低空飛行騒音被害等関係自治体会議」は2026年3月27日、米軍機による低空飛行訓練の中止などを米国側に働きかけるよう、防衛省および外務省に要請書を提出しました。四国のみならず中国地方においても同様の問題が深刻化しており、全国的な課題として認識される必要があります。

伊方原発の存在が問題をさらに深刻化

愛媛県が他の自治体と比較して特に強い危機感を持っている背景には、佐田岬半島の付け根に位置する伊方原子力発電所の存在があります。要請書が繰り返し「原子力発電施設周辺上空の飛行禁止の法制化」を求めているのは、原発施設の安全性確保という観点から見て、軍用機の低空飛行が看過できないリスクであるとの認識に基づくものです。

現行の日米合意では、原発上空の飛行禁止は法的拘束力を持つ形では規定されておらず、あくまで「適切な考慮を払う」という文言にとどまっています。愛媛県としては、この曖昧な表現では到底十分な安全確保には至らないとの立場から、法制化による明確なルールの確立を一貫して求め続けています。

県民の声と目撃情報収集の仕組み

愛媛県では、米軍機と思われる航空機を目撃した場合、住民が居住する市町または目撃した場所の市町に連絡する体制を整えています。連絡の際には、目撃した日時・場所、航空機の機数・機種(戦闘機・ジェット機・プロペラ機など分かる範囲で可)、飛行状況(方位・高度)や騒音の状況、そして目撃時に感じたこと(「怖かった」「うるさかった」「不安だった」等)を伝えるよう案内されています。匿名での情報提供や不明な項目がある場合でも受け付けており、積極的な情報提供への協力を呼びかけています。

また、機体を撮影した画像や動画がある場合は、差し支えない範囲での提供も依頼しており、提供された資料は国への情報提供に活用されるとともに、県のホームページ上にも掲載されます。こうした県民参加型の情報収集体制は、地方自治体として取り得る対策として全国的にも注目されている取り組みです。

今後の展望──実効ある対応は実現するか

愛媛県は今回の要請にあたり、「引き続き市町と連携して目撃情報の収集に努めるとともに、国に対してあらゆる機会を捉えて日米合意事項の遵守等実効ある対応を求める」との方針を改めて示しました。しかしながら、7回にわたる知事名での要請にもかかわらず状況が改善されていない現実は、この問題の根深さを物語っています。

日米安全保障条約に基づく同盟関係の維持と、地域住民の安全・安心の確保という二つの要請をどのように両立させていくのか。日本政府には、地方自治体からの切実な声に真摯に向き合い、米軍側との交渉において具体的な成果を出すことが強く求められています。低空飛行訓練の実態把握と情報公開の促進、訓練ルートの見直し、そして原発上空飛行禁止の法制化に向けた具体的な検討が、待ったなしの状況にあると言えるでしょう。

【情報提供のお願い】 愛媛県内で米軍機と思われる航空機を目撃された方は、お住まいの市町の担当課までご連絡ください。詳細は愛媛県公式サイトをご確認ください。