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社号額に刻まれた、消えない記憶
今治市高市の地に鎮座する神社を訪れると、ある「食い違い」に気づかされます。公式な名称は「貴布祢神社」でありながら、拝殿の正面に掲げられた社号額には、堂々と「高市神社」の文字が刻まれているのです。
この「高市」という名は、かつてこの地を治めた豪族・高市氏の名であり、この一帯が「高市郷」と呼ばれた時代の名残です。平安時代末期、平氏と結びつき勢力を誇った高市氏は、源平合戦の荒波に呑まれ、歴史の表舞台から姿を消しました。
政治的な支配者が変わり、時代の要請によって神社の名が「貴布祢」へと塗り替えられてもなお、この四文字が掲げられ続けてきた事実。そこには、単なる慣習を超えた、土地のアイデンティティへの執着が感じられます。
なぜ「大山祇命」が祀られているのか
通常、貴布祢神社の主祭神は「高龗神(水神)」ですが、ここでは「大山祇命」が祀られています。ここに、高市氏の「政治的背景」と「信仰の重なり」が見て取れます。
越智氏の流れを汲む高市氏にとって、大三島の大山祇神社は絶対的な氏神でした。貴布祢という「水神」の枠組みを借りつつも、その中心には自分たちのアイデンティティである「山の神・大山祇」を据え置いた。あるいは、山を水の源と捉える日本古来の循環思想が、この特異な祭神構成を許容したのかもしれません。
敗者の名もまた、土地が覚えている
権力の交代や行政上の都合によって、地名や社名が上書きされることは珍しくありません。しかし、高市の貴布祢神社における「高市神社」の痕跡は、外から来た名称よりも、自分たちのルーツを大切に守り続けてきた地域住民の静かな抵抗のようにも思えます。
「歴史は勝者だけが書くものではない。
没落した一族の名も、人々の誇りとともに、
神社の額の中に確かに生き続けている。」
今治の穏やかな風景の中に佇むこの神社は、公式な記録の裏側に眠る、もうひとつの「民衆の歴史」を今に伝えています。


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