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三嶋神社(みしまじんじゃ)は、愛媛県今治市上徳字高森に鎮座する古社です。延喜式神名帳に名を連ねる式内社「姫坂神社」の論社のひとつとして知られます。
境内 ― 頓田川のほとりに佇む鎮守の杜
国道196号から頓田川沿いに進むと、左手にこんもりとした社叢が見えてきます。周囲は田園と川堤が広がるのどかな景観で、桜並木の続く頓田川の堤防は地元の人々に親しまれる散策路でもあります。春先に訪れると、参道入口の藤の花が美しく咲き、ふじ色の彩りが鳥居と相まって何とも風情のある光景を作り出します。
参道入口には鳥居が立ち、その奥に注連柱(しめばしら)が続きます。注連柱は神域と俗界を分ける結界の役割を持ち、ここをくぐると空気が一段と引き締まるように感じられます。参道を進むと二組の狛犬が出迎えてくれ、年代の異なる狛犬が並ぶ様子からは、この神社が長きにわたり地域の信仰を集めてきたことがうかがえます。社号標・手水舎を経て、いよいよ社殿へと至る構成は、参拝の作法を自然と意識させてくれる落ち着いた佇まいです。
派手な装飾はなくとも、手入れの行き届いた境内と古木の織りなす空間には、地元氏子の方々の敬意がにじみ出ているように感じます。





社殿 ― 大山津見命を祀る本殿
参道の先には拝殿が建ち、向拝には扁額が掲げられています。拝殿の奥には本殿が鎮座し、御祭神として大山津見命(おほやまつみのみこと)を主祭神に祀ります。大山津見命は山の神・国土の守護神として全国の三島・大山祇系神社で広く信仰される神格で、ここ上徳の三嶋神社も、瀬戸内の海の総鎮守である大三島(大山祇神社)からの勧請に由来します。
資料によっては、主祭神に加えて上津姫命・下津姫命を配祀するとも伝えられています。この「姫」を冠する神の存在は、後述する姫坂神社論社説を考えるうえでも興味深いポイントです。社殿は決して大規模ではありませんが、簡素な中にも端正な構えがあり、伊予八社の三島宮としての格式を静かに物語っています。
境内社等 ― 数を超える祠が語る信仰の重層性
境内には複数の境内社が祀られています。まず目を引くのが須佐之男神社で、独自の鳥居・狛犬・社号標まで備えており、ひとつの神社として独立した風格があります。その左手には小祠があり、おそらく厳島神社と思われます。さらに大己貴神社(おおなむちじんじゃ)も鎮座し、出雲系の神々への信仰も併存していることがわかります。
社殿左手の石段を上ると、さらに境内社と磐座が現れます。石段脇には祠があり、石段上の境内社には「上神宮大明神」の扁額が掲げられています。この「上神宮(かみのみや)」という呼称は、この地の旧地名「上神宮村」とも結びつく重要な手がかりです。
愛媛県神社庁の記載では、境内社として須佐之男神社・大己貴神社・神明社・厳島神社・山神社・須賀神社の六社があげられています。ところが、現地の祠の数の方が記録より多く、それぞれの対応関係は判然としません。こうした「記録と現地の食い違い」もまた、長い歴史の中で合祀や遷座、再建が繰り返されてきた古社ならではの味わいだと感じます。一つひとつの祠に手を合わせながら、かつてどの神が祀られていたのかを想像する時間は、参拝の醍醐味のひとつでした。
大神宮さんの岩 ― 姫君伝説と金の車の怪異
この神社最大の見どころと言ってよいのが、石段上に祀られた大きな磐座(いわくら)です。地元では「大神宮さんの岩(天皇さんの岩)」と呼ばれ、古い磐座信仰を今に伝える貴重な存在です。
この岩には複数の伝説が残されています。あるお姫様が頭に乗せて遠方から運び、積み重ねたもので、姫がこの岩の上で舞って雨乞いをしたという話。あるいは大三島の神が金襴(きんらん)に包み、袂(たもと)へ入れて持ってきたという話。さらには天から降ってきた石だという説まで、由来そのものが神話的な広がりを見せています。
とりわけ印象的なのが「金の車」の怪異譚です。大晦日の晩、三島神社の氏子の家の前を金の車がカチンカチンと金属音を立てて通ることがあり、この音を聞くと翌年に幸せ、あるいは災いがやってきたと言われます。特に貧しい人がこの音を聞くと幸せが訪れたと伝えられ、岩には車が通ったレール跡とされる溝まで残っているのだとか。加えて、必要なときに膳椀を貸してくれるという椀貸(わんかし)伝説も伝わっており、ひとつの磐座にこれほど多彩な民間伝承が積み重なっている例は珍しいと感じました。
大山津見命という「山と石の神」を祀る神社に、岩そのものをご神体とする磐座信仰が残っているのは決して偶然ではないでしょう。社殿という建築以前の、自然崇拝の原initial形がここに息づいているように思えてなりません。歴史好き・古代信仰好きの方には、ぜひ足を運んで実物を見ていただきたいスポットです。
由緒 ― 姫坂神社論社をめぐる謎
神亀5年(728)8月23日、国司散位小千宿祢益躬(おちのすくね ますみ)が勅を奉じ、大三島より勧請した伊予八社の三島宮のうちの一社とされています。これが文献に残る最も基本的な由緒で、それ以外の詳しい沿革は不詳です。
注目すべきは、貞享2年(1685)の『今治領寺社明細言上書』に、上神宮村に姫坂明神があったと記されている点です。これが当社あるいはその付近を指すと推定されることから、当社は延喜式神名帳にみえる「伊予国越智郡 姫坂神社 名神大」の論社とされています。
ひとつの有力な仮説として、姫坂神社は当初この上徳の地に鎮座し、後に泉川左岸の姫宮の地を経て、現在の今治市宮下町(南日吉町)へと遷座したのではないかという見方があります。現在「姫坂神社」を名乗る式内社は宮下町に鎮座していますが、その元社地が当社であるとすれば、上徳三嶋神社はまさに伊予の古代史を解く鍵を握る存在ということになります。「姫が運んだ岩」の伝説と「姫坂」という社名が響き合うのも、想像力をかき立てられるところです。
御朱印
御朱印の有無は不明です。常駐の社務所は確認できないため、御朱印を希望される場合は、兼務社の状況も含めて事前に問い合わせておくことをおすすめします。宮司は鴨頭司氏で、連絡先は0898-31-1369となっています。
アクセス
国道196号を今治市街から南下、あるいは今治小松自動車道の今治湯ノ浦ICから北上し、高市交差点まで行きます。そこから北東に折れて頓田川沿いを進み、1kmちょっと行くと左手に社叢が見えてきます。境内横を通り過ぎた辺りで左斜め後ろに降りると、参道前に出ます。駐車場は境内に6台分あり、参道脇の木のないところに停められます。公共交通機関でのアクセスはやや不便なため、車での参拝が断然おすすめです。
神社概要
| 社名 | 三嶋神社(みしまじんじゃ) |
|---|---|
| 通称 | – |
| 旧称 | 姫坂明神(?) |
| 住所 | 愛媛県今治市上徳字高森194,195 |
| 祭神 | 大山津見命(配祀:上津姫命・下津姫命) |
| 社格等 | 式内社 伊予国越智郡 姫坂神社 名神大/旧村社 |
| 御朱印 | 不明 |
| 駐車場 | あり(境内6台) |
| 例大祭 | 5月5日 |
| 宮司 | 鴨頭 司 |
まとめ ― 伝説と古代史ロマンが詰まった隠れた式内論社
今治市上徳の三嶋神社は、大三島勧請の三島宮でありながら、式内社・姫坂神社の論社という二つの顔を持つ奥深い古社です。観光地化されていないからこそ味わえる静けさ、数を超える境内社、そして「大神宮さんの岩」に積み重なる姫君伝説・金の車・椀貸伝説の数々――その一つひとつが、訪れる人の歴史的好奇心を満たしてくれます。瀬戸内の古代信仰や式内社めぐりに関心のある方には、ぜひ立ち寄っていただきたい一社です。
参考文献・引用元
- たんぽぽろぐ「三嶋神社(今治市上徳字高森)」
https://momijiaoi.net/mishima-kamitoku/ - 愛媛県神社庁「三嶋神社」
http://ehime-jinjacho.jp/jinja/?p=830 - 城郭さんぽ(気軽に御朱印集めの旅 神社篇)「伊予今治 上徳三嶋神社」
https://www.j-sampo.com/goshuin/ - 玄松子の記憶「三島神社(今治市)」
https://genbu.net/data/iyo/misima_title.htm - 愛媛県神社庁「姫坂神社」
http://ehime-jinjacho.jp/jinja/?p=775











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